さて、ここまでは店に並んでいるグローブの土台はすでに完成していて、いくら再仕上げでいろいろやってみても、基本的なところは変わらない、変えられないということをお話してきました。理解していただけましたか?
では、それは何故かということを、お話していきましょう。
グローブはシート状になめした革(パーツ)と革(パーツ)を上手く縫い合わせることで立体に成型しています。ですから、自動車の組み立てのように、すでに成型された鉄板や、パーツをねじ等で連結して形にするものとは、基本的に違います。過去には一部分を成型し、自動車的生産を試みたケースもありましたが成功していません。
素手感覚で自由自在に指を動かしたいというプレーヤーの要望に応えるためには、職人的な立体裁断(立体的な仕上がりをイメージしながら、シート状になめした革と革を縫製していくことで立体的に仕上げていく)の技が必要だったということでしょうか?
しかし、ただ立体的になれば良いわけではありません。私は生産段階で常に次のような点をチェックしています。
①単なる立体としてとらえずに、「立体構造物」としてバランスのよい状態であるか
あるハウスメーカーの広告で
「耐震骨格」という宣伝文句がありました。よい言葉ですね。私のグローブで言えば
「耐球骨格」。グローブはボールを捕るたびに「震度7」の激震に見舞われます。そんなことにはビクともせず、捕球の衝撃を軽くいなして、その後すぐに型が元通りになるバランス感覚をグローブ自体が有しているか。
②「関節」を有しているか
グローブはプレーヤーの微妙な指の動きに、しっかり反応することが命ですので、可動部位に「関節」を形成すべく「あそび」がなくてはなりません。この「あそび」とは、職人が仕上がりをイメージしながら、パーツとパーツを縫い合わせる中で作り出していくものなのです。
これら2点がクリアされているかどうかで、良いグローブになるか、悪いグローブになるかの、実に70%も決まってしまうわけです。これは私たちが呼ぶところの「型紙」(パターン)が重要なカギを握っているということです。グローブ大学
工場見学ツアーのトップページにある、「型紙」を思い出してください。
一つのグローブを作るには約30個の「型紙」を使いますが、「型紙」の大きさ・形状・カーブの度合い等の微妙な調整が、上記①、②の達成に大きく関わります。「型紙」ひとつをほんの1~2ミリ変更するだけで、変更前のグローブとは全くの別物になり得ます。私は今までに「型紙」を何千パターンも作成してきましたが、全工程で一番、集中力と神経を使う作業です。
約30個のパーツすべてを細かく検討し、試作を作る。試作を作ってはまた検討。この作業を繰り返し、グローブの「型紙」はやっと完成をみるのです。私も500パターンくらい作成してやっとコツを習得しました。
そしてここ20年くらいは自分の思うまま、バイヤーさんのリクエスト通りの形を出すことが出来るようになり、今はとても楽しくやっております。本当にグローブは「型紙」次第でどんな形状にでも変わることができる、変幻自在の生き物の如しです。
私はいままで世界中のバイヤーさん(つまりメーカーと呼ばれている会社の買い付け担当者さん)とグローブの商談をしてきました。その経験から、グローブを通して「成長する会社」と「成長しない会社」を見極められるようになりました。
「成長する会社」は、商談時にまずグローブの「型紙」(パターン)の話から入り、そして機能面にまで言及します。その後、全体のデザイン・色、そして最後に価格というケースです。
「成長しない会社」は、はじめに価格、次に色・ネームのデザイン・全体のデザイン、そして「型紙」(パターン)についての話は無し。ところで「型紙」(パターン)は?と尋ねると、今生産している○○社の○×▲■のグローブと同じ「型紙」(パターン)でいいです。(どうでもいいといった感じ)結局、全く同じ型では生産出来ないので、こちらで一部修正の上、生産になるのです。
「成長する会社」は「グローブは型紙が命」ということを知っていますのでこうなるわけですが、「成長しない会社」にはこの認識がない為「グローブは見た目と価格が命」みたいな商談になってしまうのです。世の中のグローブがすべて「成長する会社」のグローブになればいいのですが、何故か成長する会社のものは市場の30%くらいで、成長しない会社のものは70%くらいと、大部分が型に疑問を持たざるを得ないレベルなのです。
良いグローブになるか、悪いグローブになるか、を別ける型紙以外の要因である残り30%は、裁断・縫製・ひも通し・仕上げの問題です。良いグローブの生産は非常に難しいのです。たとえば、縫製作業でパーツとパーツの縫い合わせ面の長さが同じであれば、縫いやすい=生産しやすいですよね。では、生産しやすいからといって捕球面のパーツと背中のパーツの縫い合わせ面を、同じ長さにして縫い合わせたらどうなるでしょうか?それはグローブに似せた座布団になってしまいます。立体的にするには長さの全く違う物を縫い合わせるという高度な技術が必要です。これは言葉でいうほど簡単ではありません。実際、ミシン担当の熟練工員さんが「本当にこのパーツとこのパーツを縫い合わせるのか?(間違いではないのか?)」と確認に来るほどです。縫製以外の部門も同様で、忠実に型紙通り生産しないとまるでダメなグローブになってしまいます。日本国内の、名人といわれる有名な生産工場でも、縫製が間に合わないので下請けに出したら、下請けのミシン担当工員さんにはとてもじゃないが縫製できなかったそうです。自社のミシン担当工員さんは何とか縫製していたのですが、下請けのミシン工員さんは縫い合わせるパーツとパーツのサイズがあまりにも違うことに驚き、とても縫いこなせなかったということです。これはうそのようなほんとの話です。
これでよいグローブになる条件がやっとそろいました。その条件とは、
型紙の良し悪し⇒70%
理解していただけましたか?これを達成していくのは並大抵のことではありません。
現状、サクライグループは中国とフィリピンの優秀な工員さんのパワー(若手も熟練工員も技術を自分のものにしようと実に意欲的です)と日本人の技術力の融合で、高品質・高機能・合理的な価格を目指しているわけです。
いいですか、グローブの命は「型紙」です。「型紙」が命です。